概要
逆火(フラッシュバック、flashback)とは、火炎速度(または火炎の進行速度)が流体の流速を上回ったときに、 火炎が流れに逆行して上流へ進行する現象です。 燃焼している火炎が流れに逆らって上流方向(バーナー内部やノズル内部)に侵入してしまうため、特に予混合燃焼で安全上の重要な問題となります。 逆火の発生メカニズムには、3つあり、1つは火炎の速度と流速の関係です。 流速\(u\)が火炎の層流燃焼速度\(S_L\)より小さいと、火炎は上流に向かって進行可能となります。 つまり、逆火は次の条件で起こります。
\[u<S_L\]
特に、バーナー壁面や境界層付近では流速がゼロ近くになるため、逆火が起こりやすくなります。 次に、乱流の影響があります。 予混合燃焼では、火炎が乱流の中で波打つため、火炎の表面積が増大し、実効燃焼速度が上がります。 つまり、逆火しやすくなります。 3つ目が再循環領域の存在です。 Bluff-bodyやスワールジェットがあると、再循環領域が形成され、そこに火炎が補足され、そこから上流へ進むこともあります。
本項では、当社の CFD ソフト Advance/FrontFlow/redを用いて、 メカニズムの2つ目である火炎と乱流の干渉を考察するために、 3次元乱流予混合燃焼解析を行い、先行研究のある逆火限界の予測結果 (Eichler et al. 2012、Endres et al. 2019、Fukuba et al. 2024)と比較しました。
図1に解析の概要を示します。チャネル内に乱流を発達させて、 その乱流境界層内で着火し、火炎を発生させます。 逆火現象は火炎の伝播速度と流速の差によって引き起こされるので、 流速の比較的低い壁面から火炎が上流へ伝播します。

図1:解析の概要 (Endres and Sattelmayer, 2019)
解析条件
表1 に解析条件を示します。 化学反応メカニズムには、Burkeらにより提案され、H2/Airの高圧燃焼用メカニズム (Burke et al. 2011)を使用しました。 このメカニズムは他のメカニズムと比較して、H2を燃料とした燃焼速度が実験値とよく一致することが報告されています。
表1:解析条件
項目 | 設定 |
ソルバ | Advance/FrontFlow/red ver.5.8 |
支配方程式 | 圧縮性 Navier-Stokes 方程式 |
空間離散化 | 有限体積法+セル中心法 |
対流項スキーム | 運動量、エネルギー、化学種ともに2次精度中心差分法 |
圧力ー速度カップル法 | SIMPLE法 |
勾配計算 | Green Gauss法 |
時間積分 | Euler陰解法 |
行列計算 | ICCG法 |
Sub-Grid Scaleモデル | Smagorinskyモデル |
化学反応 | 素反応モデル(逆反応の係数は化学平衡の概念から算出) |
化学反応機構 | H2/O2反応メカニズム (Burke \(et \, al.\) 2011) |
熱力学変数 | NASA7多項式によるモデル化 |
輸送係数 | 粘性、拡散係数、熱伝導率ともにLennard-Jonesパラメータを用いた実在物性 |
図2〜4では使用する計算格子について説明します。 ここでは、2つの同じ解像度の格子を用意して、1つをDriver section、 もう1つをTest sectionとします (図2)。 Driver sectionにて、干渉解析に使用する乱流境界層を発達させます。 Test sectionでは、火炎を保炎させた状態で、Driver sectionで発達させた乱流場をコピーすることで、 火炎と乱流場の干渉を解析します。 1つの格子のサイズは\((L_x,L_y,L_z)=(6\delta,2\delta,3\delta)\)であり、 無次元化した格子解像度はKimらの解析 (Kim et al. 1987)を参考に、\((\Delta x^+, \Delta y^+_{min}, \Delta z^+) \approx (12,0.6,7)\)としている、いわゆる Wall-resolved large eddy simulation となっています (図3)。 要素数はCell 数:2,605,440(Point数:2,834,850)となっており、 2つ合わせると 5,210,880 cellsとなります。

図2:計算格子

図3:計算領域の大きさ

図4:壁面近傍拡大図
表2 に各計算設定の変数値を示しています。 時間刻み幅は先行研究 (Fukuba et al. 2024)を参考に、解析初期の乱流場を発達させる段階では、\(\Delta t=2.0×10^{−6}[s]\)、化学反応を解析する段階では、より細かい\(\Delta t=2.0×10^{−7}[s]\)としました。 解析には112 CPUs を用いました。
表2:解析に用いる変数群
変数 | 設定値 |
\(\phi\) | \(0.41\) |
\(Y_{H2}\) | \(0.0119\) |
\(Y_{O2}\) | \(0.2305\) |
\(Y_{N2}\) | \(0.7576\) |
\(\delta[m]\) | \(0.00875\) |
\(u_b[m/s]\) | \(10\) |
\(T[K]\) | \(293\) |
\(\rho[kg/m^3]\) | \(1.05\) |
\(\mu[Pa⋅s]\) | \(1.83×10^{−5}\) |
\(Re_{\tau} = \frac{\rho u_{\tau} \delta}{\mu}\) | \(320.9\) |
\(L_x,L_y,L_z\) | \(6\delta,2\delta,3\delta \) |
\(\Delta x^+, \Delta y^+_{min}, \Delta z^+\) | \(12,0.6,7\) |
\(\Delta x, \Delta y_{min}, \Delta z [m]\) | \(3.273 \times 10^{-4}, 1.6362 \times 10^{-5}, 1.909 \times 10^{-4}\) |
\(N_x, N_y, N_z\) | \(160,118,138\) |
\(N_{total}\) | \(2,605,440 \times 2=5,210,880\) |
\(\Delta t[s]\) | \(2.0×10^{−7}\) |
図5では、使用した境界条件について説明します。 特徴的な点として、Advance/FrontFlow/red 搭載の touchinlet 境界を使用します。 この境界条件は、Driver sectionの値をTest sectionにコピーするというものですが、 Test sectionからDriver sectionへは情報は伝播しない一方通行となっております。 これにより、Driver sectionでは純粋に乱流場の発達を解析し、 Test sectionでは乱流場と火炎の干渉を解析できます。

図5:境界条件の設定方法
解析結果
解析によって得られた流れ場の動画を動画1、2に示します。 1つ目の動画(動画1)において、等値面は速度勾配テンソルの第二不変量 \(Q=500,000[s^{−2}]\)の等値面を表しており、乱流中に表れる渦構造を可視化したものになっています。格子解像度を十分に確保しているために、渦構造もきれいに表れていることが確認できます。 2つ目の動画(動画2)では、逆火現象発生の瞬間を捉えています。 等値面は\( T=1000[K]\) の火炎面を表しており、火炎面は最初保炎位置で揺らいでいますが、逆火が発生すると、前後に移動しながら徐々に上流へ伝播します。 白い半透明の等値面は流速が 0 付近の逆流領域を表しており、流れの剥離・逆流の発生と、 火炎の上流への伝播が対応していることが分かります。 特徴的な点として、乱流場の影響により逆火が起こる位置も一様ではないことが挙げられます。 特に剥離・逆流が大きいところから逆火が進行している様子が確認できます。
動画1:Driver sectionにおける乱流渦構造の可視化。等値面は速度勾配テンソルの第二不変量 \(Q=500,000[s^{−2}]\) の等値面を表しています。
動画2:Test sectionにおける逆火現象発生の瞬間。等値面は \(T=1000[K]\)の火炎面を、白い半透明の等値面は流速が 0付近の剥離・逆流領域を表しています。
最後に、得られた逆火現象発生条件を先行研究 (Eichler et al. 2012、Endres et al. 2019、Fukuba et al. 2024) と比較します。 本解析の流れ場条件は、実験で観測された逆火限界をやや超えた付近であり、この条件で逆火現象が発生することが Advance/FrontFlow/red でも再現できました。

図6:逆火限界予測結果
Advance/FrontFlow/red の高度な乱流燃焼解析機能を活用することで、 乱流場と火炎の複雑な干渉の影響、更には、スワールバーナーなどおける逆火などの安全性に関わる現象を事前に予測することが可能です。
参考文献
- Eichler, C., Baumgartner, G., and Sattelmayer, T., “Experimental investigation of turbulent boundary layer flashback limits for premized hydrogen-air flames confined in ducts,” Journal of Engineering for Gas Turbines and Power, Vol. 134, p. 011502, 2012.
- Endres, A., Sattelmayer, T., “Numerical investigation of pressure influence on the confined turbulent boundary layer flashback process,” Fluids, Vol. 4, Issue 3, 146, 2019.
- Fukuba, S., Nishiie, T., Kai, R., Kurose, R., “Prediction of boundary layer flashback limits of hydrogen flame using and LES/non-adiabatic FGM approach,” International Journal of Gas Turbine, Propulsion and Power Systems, Vol. 15, No. 1, pp. 40-47, 2024.
- Burke, P. M., Chaos, M., Ju, Y., Dryer, L. F., Klippenstein, J. S., “Comprehensive H2/O2 kinetic model for high-pressure combustion,” International Journal of Chemical Kinetics, Vol. 44, Issue 7, pp. 444-474, 2011.
- Kim, J., Moin, P., and Moser, R., “Turbulence statistics in fully developed channel flow at low Reynolds number,” Journal of Fluid Mechanics, Vol. 177, pp. 133-166, 1987.